2026年7月30日、日本とEUは、日本のHorizon Europeへの準参加に関する協定に署名しました1。これにより、日本の企業や研究機関も、Horizon EuropeのPillar IIを中心に、欧州の研究機関・企業と共同で研究開発に取り組む機会が広がります。現在進行中のプロジェクトを通じて、欧州の風力研究開発の方向性と、日本企業・研究機関にとっての機会について考察したいと思います。
Horizon Europeとは何か
Horizon Europeは、EUが2021年から2027年にかけて実施している研究・イノベーションのための大型資金プログラムです。総予算は約935億ユーロにのぼり2、基礎研究から実証、産業化まで幅広い研究開発を支援しています。Horizon Europeの特徴は、単独の研究機関による研究ではなく、大学・研究機関、風車メーカー、エンジニアリング企業、事業者、自治体などが国境を越えてコンソーシアムを形成し、研究から実証まで進める点にあります。
プログラムは大きく3つのPillar(柱)に分かれています。
- Pillar I: 卓越した科学
- Pillar II: 世界の課題と産業競争力
- Pillar III: イノベーティブヨーロッパ
風力発電に関して特に重要なのがPillar IIです。Pillar IIは、更に6つの社会的課題群 Cluster から構成されます。
- Cluster 1: 健康・医療
- Cluster 2: 文化・創造性・包接的な社会
- Cluster 3: 社会における市民の安全
- Cluster 4: デジタル・産業・宇宙
- Cluster 5: 気候・エネルギー・モビリティ
- Cluster 6: 食料・バイオエコノミー・天然資源・農業・環境
風力発電はCluster 5に含まれ、このクラスターの中の主要な研究テーマの一つとなっています。
現在進行中の風力関連プロジェクト
では、実際にどのような研究が進められているのでしょうか。
ここでは、特に今後の風力産業を考える上で重要と考えられる、①浮体式洋上風力、②風車・部品・製造技術、③デジタル化・O&M・環境・循環性、の3つの領域から見ていきます。
浮体式洋上風力 ~「技術開発」から「産業化」へ
欧州の風力研究で最も注目すべき領域の一つが、浮体式洋上風力で、将来の洋上風力拡大の重要な技術として位置付けてられています。浮体そのものだけではなく、係留、アンカー、ダイナミックケーブル、港湾、施工、O&M、環境影響など、浮体式風力を「システム」として成立させるための研究が進められています。そこでは、性能向上のみならず、環境影響、循環性を含めたトータルシステムの研究開発として、捉えられているのが特徴です。
| プロジェクト | 主な研究テーマ | 主な参加機関 | 研究期間 | 総予算 |
|---|---|---|---|---|
| WHEEL | 新型浮体式風力システム。深海域への適用、LCOE低減、軽量化、港湾インフラへの適合、循環性・低炭素化 | 欧州企業 / 研究機関等 | 2023/1–2027/12 | €25.36m |
| NEXTFLOAT | 深海域向け次世代浮体式風力。軽量浮体、統合設計、LCOE低減、信頼性向上、ピボットブイ係留、アルミ製ダイナミックケーブル | IFP Energies nouvelles、Principle Power等を含む欧州コンソーシアム | 2022/11–2027/4 | €22.14m |
| VERTI-GO | 垂直軸型浮体式風車の実証。発電性能、アクセス性、O&M性の向上 | Next Fabrication、Bureau Veritas Solutions、Zorlu Enerji、CNET等 | 2025/10–2029/9 | €20.86m |
| ATLANTIC | 5MW浮体式風車の実証、浮体・風車の統合設計、産業化・サプライチェーン構築 | Eolink、VALEMO、IFREMER、Fraunhofer、SINTEF Ocean等 | 2025/10–2029/9 | €20.13m |
| SUDOCO | データ駆動型洋上風力ファーム設計・制御。デジタル化、制御最適化、レジリエンス | 欧州の大学・研究機関・産業界 | 2023/10–2027/9 | €6.26m |
| MADE4WIND | 15MW級浮体式風車向け軽量化・循環型部品、新材料、製造技術、設計ソフト | SINTEF、Aalborg University、Norsk Hydro等 | 2023/12–2027/5 | €6.00m |
| FLOATFARM | 次世代浮体式ウインドファーム。新型ローター、浮体、発電機、共有係留、ダイナミックケーブル、環境影響、社会受容性 | Saipem、SINTEF等、研究機関・企業 | 2024/1–2027/12 | €6.00m |
| INF4INiTY | 次世代浮体式ウインドファーム。自然共生型アンカー、人工リーフ、環境・社会影響の低減 | TU Braunschweig、DTU、SINTEF Ocean、Ghent University等 | 2024/1–2027/12 | €5.99m |
| TAILWIND | 浮体式風力の係留・アンカーシステム。合成ロープ、地盤、軽量化、LCA・環境性能 | 欧州8か国の大学・研究機関・企業等 | 2024/1–2027/12 | €5.59m |
| FLOATECH | 浮体式風車の高度な設計・制御、連成シミュレーション、オープンソース解析ツール | TU Berlin、DTU、IFREMER等 | 2021/1–2023/12 | €4.29m |
※総予算は、EU助成額とは異なる点に注意してください。
風車・部品・製造技術 ~ ライフサイクル全体の最適化
次に注目したいのが、風車そのものと製造技術です。Horizon Europeでは、風車の性能向上だけでなく、製造コスト、品質、サプライチェーン、材料使用量、長寿命化、労働安全性、循環性まで含めた研究が取り組まれています。
欧州では、今後の更なる風力導入量拡大を踏まえて、「大量に製造する」だけではなく、「大量に廃棄される風車・ブレードをどう循環させるか」が産業政策上の重要課題になっています。
| プロジェクト名 | 研究テーマ | 主な参加機関 | 研究期間 | 総予算 |
|---|---|---|---|---|
| REFRESH | 風車ブレードの解体・選別・リサイクル。ガラス繊維複合材の高品質リサイクルと循環利用 | RINA Consulting、University of Sheffield、DTU、AITIIP等 | 2023/1–2026/12 | €15.52m |
| Blades2Build | 廃ブレード複合材のリサイクル・再利用。建設材料等へのアップサイクル、実証プラント | DTU、University of Patras、Acciona等 | 2023/1–2026/12 | €15.50m |
| TURBO | ブレード製造時の欠陥・廃棄物削減。非破壊検査、AI/機械学習、製造プロセス最適化 | DTU、Siemens Gamesa、University of Valencia等 | 2022/10–2026/9 | €9.45m |
| MADE4WIND | 15MW級浮体式風車向けの軽量・循環型部品、材料、製造技術 | SINTEF、Aalborg University、Siemens Gamesa、Ingeteam、Norsk Hydro等 | 2023/12–2027/5 | €6.00m |
| REWIND | 風力発電設備の撤去・再利用・リパーパス・リサイクル。EoLを考慮した循環型設計 | 欧州の研究機関・企業コンソーシアム | 2024/5–2028/4 | €4.01m |
| CIRCWIND | ブレード用高耐久FRP、低炭素コンクリート、寿命予測・デジタルツイン、循環型材料 | SINTEF、Aalborg University、Siemens Gamesa、Acciona等 | 2024/10–2028/9 | €4.00m |
| BLADE2CIRC | 次世代ブレードの循環性・安全性・複合材料・設計手法 | 欧州の大学・研究機関・材料関連企業等 | 2024/4–2027/9 | €3.97m |
| ECORES WIND | 風力用複合材料向け新型循環樹脂。ブレード等のリサイクル性・長寿命化 | 欧州の大学・研究機関・材料メーカー等 | 2024/9–2028/2 | €3.79m |
デジタル化・O&M・環境・循環性 ~「運転開始後」の研究の増加
風力発電の研究開発では、デジタル技術とO&Mも重要なテーマになっています。AI、ロボティクス、高度なセンサー、デジタル化、サイバーセキュリティ、部品交換技術などがO&Mの主要テーマとして位置付けられています。風車の大型化、大水深化が進むほど、「壊れないこと」だけでなく、「壊れる前に把握すること」「短時間で修理すること」の重要性が高まっています。なお、環境・循環性に関する研究は、既に上述のプロジェクトに含まれているものについては、省略しています。
| プロジェクト名 | 主な研究テーマ | 主な参加機関 | 研究期間 | 総予算 |
|---|---|---|---|---|
| AEROSUB | AI・ロボティクスによる洋上風力の自動点検・清掃・保守。空中・水上・水中ロボット、デジタルツイン統合 | INESC TEC、Ocean Infinity、Exail Robotics、University of Limerick、Heriot-Watt University等15機関 | 2024/12–2028/11 | €12.05m |
| WILLOW | AI・物理モデルによる構造健全性モニタリング、スマート出力抑制、風車寿命延長 | SINTEF Energi、Flanders Make、C-Cube、Alerion Technologies等12機関 | 2023/10–2026/9 | €5.82m |
| DTWO | 洋上風力のデジタルツイン。リアルタイムデータ、気象・ウェイク・風車健全性・系統を統合 | Ørsted、Siemens Gamesa、Vestas、Enfor等を含む産学コンソーシアム | 2024/6–2027/5 | ― |
| AIRE | 実気象・大気流を考慮した風車・ウインドファーム性能向上、部品耐久性・寿命予測 | 欧州の大学・研究機関・産業界 | 2023/1–2026/12 | €5.42m |
| COMPASS | 洋上風力の環境・経済・社会的持続可能性を評価する統合プラットフォーム、デジタルツイン | Ghent University、Universitat Autònoma de Barcelona、IREC等 | 2025/11–2029/10 | ― |
欧州の研究開発の方向性
以上、主要なHorizon Europeの風力関連研究開発プロジェクトを見てきました。これらを俯瞰すると、欧州の風力研究開発が目指す方向性が見えてきたのではないでしょうか。
第一は、「大型化・高性能化」から「持続可能なシステムとしての産業化・最適化」へのシフトです。風車や浮体そのものの性能向上だけでなく、製造、施工、運転・保守、系統連系までを含め、風力発電を一つのシステムとして最適化する研究が進められています。
さらに、「製造から運転、撤去・リサイクルまでを含む循環型システムの構築」へと研究対象が広がっています。
今後の競争力は、風車や浮体といった個別技術の性能だけでなく、デジタル、製造、O&M、環境・循環性といった要素技術をいかに統合し、ライフサイクル全体で価値を生み出せるかが鍵になると考えられます。
準参加国としての日本企業・研究機関の機会
では、日本の風力業界にとって、Horizon Europeへの準参加はどのような意味を持つのでしょうか。
Horizon Europeへの準参加は、日本の企業・研究機関が欧州の研究開発ネットワークに参画し、技術や知見を欧州の風力バリューチェーンと結びつける機会となるのではないかと思われます。材料・部品、センサー、ロボティクス、AI・データ解析、制御、海洋技術、環境モニタリング、リサイクルなど、日本が持つ要素技術を欧州の企業・研究機関と組み合わせることで、新たな研究開発や事業機会につながる可能性があるかもしれません。
また、Horizon Europeでは、技術開発にとどまらず、実証、社会実装、事業化までを見据えたプロジェクトが数多く進められています。欧州の事業者、メーカー、部品メーカー、大学・研究機関などとの共同研究・実証は、欧州市場への技術展開や新たなパートナーの発掘にもつながると思います。
そのためには、公募が始まってからではなく、研究テーマを先読みし、自社の技術と親和性の高い欧州企業・研究機関とのネットワークを早い段階から構築し、コンソーシアム形成に関わることが重要になるのではないかと思われました。
日本のHorizon Europeへの準参加を契機に、欧州のプロジェクトを研究事例として見るだけでなく、日本の技術・知見のグローバル展開、サプライチェーン構築の糸口を読み解く情報源として活用しては、いかがかと思いました。ご参考になれば、幸いです。